松江の歴史

松江年表

西暦 
1600 関ヶ原の合戦の功により、堀尾氏出雲・隠岐両国24万石を賜り広瀬・富田城に入る。
1604 堀尾忠氏が亡くなり、父吉晴、孫忠晴の治世を後見する。
1607 堀尾吉晴、松江・亀田山で築城に着手する。
1611 松江城と城下町が完成する。
1634 京極忠高、若狭国小浜より転封され、出雲・隠岐両国26万石余を賜り藩主となる。
1635 この頃、斐伊川が宍道湖に流れ始め、以後城下は度々水害に見舞われる。
1638 松平直政、信濃国松本から転封され、出雲国18万6千石を賜り藩主となる。
1648 城内稲荷神社、阿太加夜神社へ神幸す。ホーランエンヤの始まりという。
1658 この頃、直政桑名より白魚を取寄せ宍道湖で養殖すると伝えられる。
1679 この頃、倉崎権兵衛が楽山焼を始める。
1747 松平家6代藩主宗衍、小田切尚足を登用して藩政改革を行う。
1767 松平家7代藩主治郷、朝日丹波を登用して藩政改革を行う。
1785 清原太兵衛、佐陀川の開削に着手する。
1788 佐陀川の開削工事完成し、開通する。
1793 治郷(不昧公)の指図により、菅田庵を建てる。
1804 小村茂重、日光より朝鮮人参の栽培技術の秘伝を会得、持ち帰り以後盛んに作られる。
1806 伊能忠敬国内測量のため松江にくる。
1862 鉄艦(第1八雲丸)、木艦(第2八雲丸)を購入し、藩の軍艦とする。
1864 松江藩、第1次長州戦争に出陣する。
1866 松江藩、第2次長州戦争に出陣する。
1868 山陰道鎮撫使から「雲州半分を朝廷に返上」「藩重役の切腹による謝罪」など4か条の要求あるも鳥取藩の周旋により撤回された。
1870 フランス人ワレット(砲術)、アレクサンドル(医術)招聘され来松する。
1871 藩庁、松江城の廃城を決める。松江藩を松江県と改称する。
  松江・広瀬・母里の三県を廃して、島根県とする。(隠岐を含む)
1875 松江雑賀町旧藩士の高城権八と出東村豪農の勝部本右衛門が松江城の保存を懇請し、天守の取り壊しを免れた。
1886 茶町の漆工、坂田平一、八雲塗を完成させる。
188941日、松江市制を施行する。(当時の戸数8,668戸、人口35,804人) 福岡世徳、初代市長に就任する。
18908ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)松江に来る。
18935殿町に市庁舎竣工
19039城山に興雲閣落成。
19105松江開府300年祭を挙行。
19165山陰オリンピック大会を末次埋立地で開催。
19186上水道の一部完成、給水を開始。
19294市営バス事業を開始。
 7第1回水郷祭。
19304市営ガス事業開始。
193210第1回松江祭を挙行。
19355松江城天守閣、国宝に指定(現重要文化財)
19371017代(現)松江大橋竣工。
19484市民病院開設。
19513松江国際文化観光都市になる。
 4熊野村、岩坂村、大庭村大字平原が合併し、八雲村誕生。
19553松江城天守閣復元工事竣工。
 4美保関町、森山村、片江村、千酌村4町村が合併し、美保関町誕生。
 4宍道町と来待村が合併し、宍道町誕生。
19563恵曇村、佐太村、講武村、御津村4町村が合併し、鹿島町誕生。
195710松江開府350年祭挙行。
19591玉湯村が町制施行により玉湯町となる。
19624大山隠岐国立公園に指定。
 6市庁舎竣工(末次町)
19694島根村が町制施行により島根町となる。
 6木幡家住宅が国重要文化財に指定。
 9武家屋敷復元開設。
19704八束村が町制施行により八束町となる。
19734伝統美観保存条例制定。
19743中国電力㈱島根原子力発電所1号機営業運転開始。
19782大根島と本土(大海崎)と陸続きになる。
198211美保神社本殿、佐太神社本殿が国重要文化財に指定。
19832第1回関乃五本松節大会開催。
19894市制施行100周年記念式典挙行。
 4第21回全国菓子博覧会(松江菓子博’89)開催。
19914第1回八束町ぼたん祭開催。
19955出雲・宍道湖・中海拠点都市地域への指定決定。
 8観光ループバス「ぐるっと松江レイクライン」運行開始。
19977ぐるっと松江堀川めぐり就航。
199911八雲国際演劇祭開催。
20009国が中海干拓本庄工区の中止を決定。
 11国勢調査速報値で人口15万人突破(山陰の都市で初)。
200112松江市を訪れた観光客が年間500万人を突破。
200310光のイベント「松江水燈路」開催。
200410江島大橋開通。
200538市町村が合併し、新松江市が誕生。
 4第1回出雲・玉造アートフェスティバル開催。
 11宍道湖・中海がラムサール条約に登録。
200610市民憲章、市の花・木・魚介制定。